【80年代一発屋】今聴いても素晴らしい洋楽一発屋たち!エッこの曲知らない?………ヤバッ!

      2017/07/28

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80年代洋楽 一発屋たちの最高傑作集 One Hit Wonder

今日ご紹介するのは、80年代(あるいはその前後頃)に、突如現れそして消えた一発屋ロックアーティスト達です。

ですので、マイケルありません、クイーンありません、ホイットニーヒューストンありません。

スマッシュヒットと共に現れ消えて行った孤独な精鋭たちです。

たった1曲だとしても、素晴らしい音楽を世界に残した功績は称賛に値するものです。

ちなみに英語で『一発屋』は、One Hit Wonder と言うそうです。

今日ご紹介する中には、「これは一発屋じゃないだろう」と納得がいかない方もいらっしゃるかもしれません。

そのアーティストのファンから見たら、「スマッシュヒット曲以外にも素晴らしい曲がいっぱい有るじゃないか」と言うご意見もあるでしょうしまた、日本以外の国ではその曲以外にもそこそこヒットした曲があったりもします。

しかし、あくまでも日本での知名度と日本でヒットした曲がだいたい1曲だったという非常に大雑把な感覚で選んでおりますのでどうぞご了承くださいませ。m(_ _;)m

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ザ・ナック  マイシャローナ

もう一発屋と言えば、このザ・ナックこそが正真正銘自他ともに認める一発屋、だれにも異論はないですね。

カリフォルニア、ロサンゼルス出身の4人バンドで、この曲はボーカルのダグ・ファイガ-とギターのバートン・アヴェールが協同で作った曲。

曲名「マイシャローナ」のシャローナとは、ダグ・ファイガ-が一目ぼれした女性の名前。

その時、シャローナ(17歳)には彼氏がいて、ダグにも彼女がいた。

しかし、この曲マイシャローナのヒット後2人はつきあうようになります。

シャローナはダグとともに世界中のコンサートツアーに付いて回るようになり日本へも来たことがあるそう。

しかし、ロックな生活に疲れはて結局2人は4年で破局を迎える事となります。

現在、シャローナは、カリフォルニアでセレブ向けの高級不動産の仲介人をしているそう。

ヴォーカルのダグ・ファイガ-は、2010年に脳腫瘍と肺がんでこの世を去りました。

ご冥福をお祈りいたします。

しかし、一曲とはいえほんと冴えに冴えた音楽史に残る素晴らしい曲でした。

マイク&ザ・メカニックス   The living Years

マイク&ザ・メカニックスはマイク・ラザフォードが率いる1985年に結成されたイギリスのバンドです。

マイクラザフォードと言えば、ジェネシスの中心人物で音楽の才能という意味ではロック界の頂点に君臨する実力者の一人です。

フィルコリンズらとジェネシスで発揮した数々の才能は、ロックに限らず音楽史上永遠に残り語り継がれる伝説といってもいいでしょう。

彼のギターは、派手でも技巧的でもありませんが、その曲に合ったリフ、メロディー、伴奏、音色を妥協せずに推敲し芸術的にピークにまで練りあげる、超プロフェッショナルの仕事人です。

その彼がジェネシスとは違う音楽アプローチであらたなバンドを立ち上げたと聞いた当時、「これは凄いことが始まるぞ!」と感じたのは私だけではなかったはずです。

実際、ジェネシスとはまた違うテイストの秀逸な楽曲が生み出されましたがその極め付けがこの『 The living Years』です。

この曲は、ロック史上に残るマスターピースです。

歌詞もメロディーもアレンジも演奏もどこをとっても素晴らしいの一言。

個人的に好きな部は、スローな流れからリズムとベースが加わるところですがほんとに「痺れ」ます。

歌詞の内容を説明しますと、「父親と真っすぐ眼を見て話あおう、言いたいことを言うんだ、死んでからでは遅いんだ!勇気を出して話すんだ、そうすればわかり合えるはず!」というような内容で、結局は生きている間に父親と向き合えなかった事を後悔しているという歌詞の主人公なのですが、すいません大雑把過ぎて良く分かりませんね(-_-;)、とにかく感動的で自然と眼がしらが熱くなる秀逸曲です。

この年のグラミー賞最優秀楽曲賞にノミネートされましたが、なぜかベットミドラーの「愛は翼にのって」に持ってかれちゃいました。

こんなこと言っては何ですが、だんぜんこちらの方がいい曲です。

マイケル・センベロ   マニアック

マイケル・センベロと言ったらこの「マニアック」。

この曲は全体がこてこてシンセサウンド(シンセベース、シンセドラム、シンセキーボード)で、いかにもこの時代を象徴する曲でした。

まだシンセサイザ―が珍しかった頃、ちょうどこの80年代はやたらアーティストがシンセを曲に取り入れていてました。

この80年代のシンセ音が今になって聴くといかにも安っぽいチープな音なんですよね。

とくにプリセット音が。

2020年も近づいてきた昨今、改めてこのチープなシンセ音を聞くとすぐに80年代だ!って分かるんですよね。

今どきこんな音つかわねー。

で、逆にそのチープ音がその時代を感じることができてたまんなく良かったりします。

この時代はおりしも、デジタルシンセサイザーなどの電子インストロメンツデバイスの急激な発達、普及期とかさなり、多くのミュージシャンが新しい楽器にインスパーヤ―されて画期的で斬新な新曲を生み出していました。

そういった意味で、当時のヤマハ、コルグ、ローランド、カシオといった日本のメーカーが提供していたデジタル楽器が、80年代の海外のポップロックシーンの盛隆に大きく貢献していたことを見逃すわけにはいきません。

話を元に戻しましてこの「マニアック」、コテコテのシンセミュージックなのですが、途中で入ってくるギターソロだけはアナログです。

しかも、引いているのはマイケル・センベロ自身でスゲーウマイ。

それもそのはずマイケル・センベは、スティーヴィー・ワンダー、テンプテーションズ、マイケル・ジャクソン、ダイアナ・ロス、チャカ・カーン、ジョージ・ベンソン、バーブラ・ストライサンド、スタンリー・クラーク、デイヴィッド・サンボーン、ドナ・サマーなど超一流のスタジオミュージシャン(ギターリスト)として十分な実績をもったプロミュージシャンだったのです。

ビデオクリップでは、沢山の演奏者が見えますが、この曲オリジナルはセンベロ自身がシーケンサーに打ち込んで作った曲にちがいありません。

ようするにギターだけでなく何でも出来ちゃう非の打ちどころがないマルチミュージシャンなのです、ルックスだけが残念だったためにポップヒーローにはなれませんでしたが。(;^_^

バグルズ  ラジオスターの悲劇

イギリスのニュー・ウェーブバンド、バグルズの「ラジオスターの悲劇」は1979年にリリースされたシングルで作詞、作曲はメンバーのトレバー・ホーン、ジェフ・ダウンズ、ブルース・ウーリー。

イギリスを含め各国のチャートで1位に輝いている名曲です。

似た名前のバンドにバングルス(マニック・マンデー)がいますが、まったく別のバンドです。

この曲のヴォーカルであり、作曲者の一人であり、プロデューサーのトレバー・ホーンは、後にプロデューサーとして数々のバンド(イエス、ABC、フランキーゴーズトゥーハリウッド)をサポートしアルバムを成功に導いています。

彼のプロデュースした仕事で特に有名なのは1983年にリリースされたイエスの『90125』。

ロック史上に残る最高傑作アルバムの一つと言って過言ではありませんが、その中のとくに「ロンリーハート」は世界中のミュージシャン、芸術家、クリエーターに強烈なショックを与えた名曲です。

この曲の中で彼は、多くのアイデアをバンドに提供して「ロンリーハート」が生まれたと言われています。

話を元に戻し『ラジオスターの悲劇』ですが、アメリカMTV番組が世界で初めて放送されたときの初っぱなの曲(つまり世界で初めて放送されたPV)としても有名です。

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マシューワイルダー  Break My Stride(思い出のステップ)

まさに一発屋のなかの一発屋、マシューワイルダー。

しかし、この曲『Break My Stride』はとてもいい曲だと思います。

分かれた恋人の事を歌った曲ですが、邦題は「思い出のステップ」

「思い出のステップ」ってどういう意味

???

実際の歌詞の内容と繋がらない、意味不明なネーミング。

せっかくいい曲なのに邦題は適当に付けられちゃいましたね。

たった1曲だったとしても彼のように、他のアーティストのプロデュースやバックミュージシャンを経験している者の作る曲はアレンジメントや演奏がしっかりしています。

それだけに、時間がたってから聞いてもアラが見えない、何度でも思い出して引っ張り出して聞けるのですね。

 

ドナルド・フェイゲン  I.G.Y. (What a Beautiful World)

この曲はアルバム「ナイトフライ」に収められている曲です。

曲のタイトルI.G.Y.の意味は、「International Geophysical Year」で1957年にあった国際地球観測年のことです。

当時の人々は、化学テクノロジーの発達に明るい希望をいだいていました。

「1976年には海中を走る特急列車によりたった90分でニューヨークからパリまでいけるようになるんだぜ!」

人々は皆、新しい技術革新が出現することにより生活が潤い自由を獲得できると信じていました。

ところが時がたってみると、抱いていた夢や希望のようにはいきませんでした。

確かにテクノロジーは発達しましたが、明るい部分がある半面、核施設の爆発やハイテクストレスなど様々な「負」の面も露出するようになりました。

「あの頃抱いていた自由な世界に今はなっているかい?」

っと、この曲は、逆説的にやや皮肉を込めた歌の内容になっています。

日本では田中康夫司会のOH!エルクラブという情報番組がテレビ朝日で1986年~1995年まで放送されていましたが、その大部分の期間で番組挿入曲として使われていたことにより知名度が上がりました。

 

バングルス  マニック・マンデー

バングルスは、アメリカ、カリフォルニアの女性バンド。

この曲の作曲者はプリンス。そう天才アーティストプリンス王子。

プリンスは、数々の曲を他のミュージシャンにも提供ししかもヒットさせてきました。

日本で言うところの桑田佳祐的マルチソングライターというのでしょうか。

おそらく、曲のアイデアがどんどん浮かびあがり秀逸な曲が出来上がるのですが、どうも「アーティストプリンスのイメージとは微妙に違うぞ」と感じた時にほかの気に言ったミュージシャンにプレゼントしていたのでしょう。

バングルスは、アメリカの女性だけのロックグループですが,やはりボーカルのスザンヌ・ホフスがプリンスの目にとまり気にいられ曲を提供されたそうです。

この曲マニック・マンデーは1986年4月の全米チャートで2位と言う快挙を遂げていますが、なんとその週の1位がやはりプリンス(Prince and The Revolution)KISSでした。

やることなすこと全てが当たっていた、スーパー好循環モードに入っていた時代でしたね。

 

ポインターシスターズ  ジャンプ

1984年はポップロック豊作年でしたが、この年「ジャンプ」と名が付く曲が2曲ヒットしました。

一つはヴァンヘイレンの「ジャンプ」と、そしてもう一つがこのポインターシスターズの「ジャンプ」です。

どちらの曲も当時はまだ新鮮だったシンセサウンドの特徴を存分に生かした、素晴らしい曲です。

歌詞の中に出てくる「ジャンプ」の意味も特にひねりを加えてるわけでもなく、シンプルに跳躍の意味の「ジャンプ」なのですね。

まだ人々がハイテクストレスとか、3.11アタックとか知らなかったノー天気でいられた時代、ポジティブでいられた時代。

人々は、次の明るい世界に向けて簡単に「ジャンプ」していけると信じていたのです。(残念ながらそうはいきませんでしたが)

まさにこの時代の躍動感をあらわした2曲(ヴァンヘイレンのジャンプも)です。

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スパンダーバレエ  トゥルー

1983年この曲「トゥルー」とともに突如世界のロックシーンに登場したのがスパンダーバレー。

当時はまだ、どちらかと言うとアグレッシブなビートと過激なディストーションが中心だったロックシーンに登場したまるで違う雰囲気の音楽でした。

紳士的で上品でエレガントでオシャレ。

落ち着きのあるバラード、でもそれまでにありがちだったバラとかワインが似合う脂っこいバーラードとは違う「清涼感」あるものでした。

今聞いてもその「清涼感」が色あせていないのは流石です。

ボーカルのトニー・ハドリーは、最近は太ってしまいましたが、それはそれなりにほほえましいものです。

 

ロビー・デュプリ―  スティールアウェイ

ロビー・デュプリ―のSteal A Way(邦題はふたりだけの夜)は、1980年リリースされた後、すぐさまヒットチャートを駆け上りその年の夏ビルボード5位までに達しました。

大変素晴らしい名曲中の名曲です。

なのですが…

一つだけ難を言うと

マイケル・マクドナルド(当時はドゥービーブラザースのメンバー)のWhat A Full Believeに非常によく似ていること。

テイストはそのまんまWhat A Full Believeやんけー。」

What A Full Believeにインスパイヤーされて作られた曲であることはもう誰が聞いても明らか。

ところが、What A Full Believeの作曲者を含め「あんさんパクッたやろー」と責める人はいなかった。

なぜならそれだけこのSteal A Way には十分なオリジナリティーがあったからなんですねー。

似てはいるけど、完全に別ものだと認められたのです。

 

マイケル・マクドナルド  What A Full Believe

こちらがそのロビー・デュプリ―のSteal A Wayにそっくりと言われる曲What A Full Believeです。

くどいようですがこちらの方が本家本元です。

マイケル・マクドナルドもドゥービーブラザースも一発屋ではないベテラン勢ですが、話の流れで登場していただきました。

このWhat A Full Believeは名曲中の名曲でグラミー賞楽曲賞も獲得しています。

ロビー・デュプリ―のSteal A Wayの曲の展開の仕方は素晴らしいですが2転程度です。

このWhat A Full Believeは4転5転しますが美しいメロディーがそつなく続き、なおかつ自然な繋がりと統一感をもっています。

このWhat A Full Believeの作曲は、マイケル・マクドナルドとケニーロギンスの共作です。

先に(1978年7月)ケニーロギンスがアルバム『ナイトウォッチ』でこの曲を発表していますがヒットしませんでした。

翌年(1979年1月)にドゥービーブラザースが発表したアルバム『ミニット・バイ・ミニット』に収録されていたこのWhat A Full Believeは世界で存分にヒットしアメリカビルボートチャート1位を獲得しています。

やはり、ドゥービーブラザース盤のアレンジメントとマイケル・マクドナルドの歌声がこの曲のイメージにはピッタリと合っていたのですね。

 

ケニーロギンス  Danger Zone

マイケル・マクドナルドつながりで登場してもらいましたが、この人も一発屋ではありません、ロック界の必殺仕事人です。

とにかく沢山のヒット曲を生み出していて、クライアントが何を求めているのか、大衆が何を求めているのかをリサーチしてそれにミュージシャン(自分)の作りたいものとの接点を見出しその中で最高のものをクリエートする、いわばマーケティングリサーチロックミュージックの先駆けでありある種の天才です。

マイケル・マクドナルドとは、プライベートでとても親交が深く長い付き合いのようですが、曲のタイプも性格もまったく正反対の2人。

マクドナルドの人物像を例えるなら、世の汚れたところから離れ清らかに暮らす隠遁聖職者にたいして、ケニーロギンスはビジネスエンターテイメントロック界を自由自在に操るビジネスロッカーといった感じでしょうか。

どうしてこの2人の親交が厚いのかほんとうに不思議ですが、お互いの卓越した音楽才能を尊敬し合っているということなんでしょうね。

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スーパートランプ  ブレイクファストインアメリカ

大御所スーパートランプ。一発屋に入れてしまうのはおくがましいのですが、日本で有名になった曲はこれ一曲だけでしたのでなんとかここに甘んじていただきます。

日本で知名度はいま一つですが、本家イギリスでは超有名、知らないものはいません。

曲も名曲ぞろいで、聞けば聞くほど味わい深いいつまでも飽きない曲が多く、ロックと言うよりも普遍的なスピリチュアリティーミュージックと言う感じです。

おそらく30世紀40世紀あたりの人々に高く再評価され聞かれている数少ない現代アーティストの一つになるでしょう。

 

シーラE  The Glamorous Life

シーラEの「The Glamorous Life」は、プリンスが作曲して彼女に譲った1984年のヒット曲。

プリンスファミリーに加わり突如音楽シーンに現れたかのようなシーラEですが。

実際は、お父さんがピート・エスコヴェードという有名なラテン系パーカッションミュージシャンでサンタナと一緒に音楽活動をしていたことでも有名です。

生粋の音楽一家で育ったシーラEは、このグラマラス・ライフ以前にも音楽キャリアは十分にありました。

ちなみにお父さんのピート・エスコヴェードはメキシコ系のアメリカ人ということで彼女の血は完全にラテン系の血ということですね。

プリンスはその後、シーラEと恋仲になり婚約までしましたがその後結婚に至らず解消されています。

プリンスの逝去後、シーラEがプリンスの残した沢山の未発表曲の管理人を名乗り出ましたが、家族からは受け入れられなかったようです。

確かに、こう言った未発表曲はそうとうの財産になりますが、素人はどう管理していいのかわからないでしょう。

良く事情に精通している専門家に任せた方が良いのは確かではあります。

 

ジョー・ジャクソン   Steppin' Out

個人的に、この曲を生まれて初めて聞いた時に感じた衝撃は今も忘れる事の出来ないほどのものでした。

当時はまだ、シンセベースをシーケンサーにまかすというメソッドは非常に珍しかったのですね。

ジョージャクソンのこの曲「Steppin' Out」はその手法で成功した先駆けだったと言えます。

ベースとパーカッションをシーケンサーに任せ、自分は鍵盤をたたきながらボーカルに専念する。

ほんと「スゲーカッコいー!」ってかんじでしたね。

当時ロックは大所帯のバンドでやるのが普通みたいなところがありましたが、このジョー・ジャクソンの周りには人の気配が無かった。

孤独主義の偏屈系っぽい香りがプンプン匂っていて、それがまたこの人とこの曲の魅力を引き立てていた感じです。

よくこの曲と米米クラブの「浪漫飛行」が似ていると言う人がいますが、確かにベースのリフ似てますねー。

時代的には「浪漫飛行」がずっと後なのでパクッたとしたら「浪漫飛行」のほうです。

しかし、「浪漫飛行」が「Steppin' Out」に多少インスパイアーされた部分があったとしても「浪漫飛行」にはしっかりとしたオリジナリティーがあるのでパクリとは違うものと言えます。

 

ネーナ  99 Luftballons(ロックバルーンは99)

この曲は、このバンドにとってたった一つのヒット曲だったのですが、これでもかっていうほど売れまくった曲です。

世界中の国(オランダ、イギリス、スウェーデン、オーストリア、スイス、ポーランド、ニュージーランド、オーストラリア、日本、カナダ、コロンビア、メキシコなど)でチャート1位に輝きました。

当時日本でもラジオのスイッチをひねるとこの曲ばりかかっていました。

ネーナは1982年に結成されたドイツのロックバンドの名前であり、またボーカルの名前でもあります。

当時、1984年の日本でのコンサートでは持ち歌が少なかったために、この曲「99 Luftballons」を4回も演奏したそうです。

観客のほとんどがこの曲を聞くためにコンサートに出向いたはずですので、逆に4回も演奏してくれたと言うのは大満足だったのではないのでしょうか。

この曲のヒット後、パッとした曲がなく次第に人気は衰えて行き1987年にバンドは解散しました。

ところが、2000年代に入り、ドイツの80年代ブームが続いていた頃、ネーナは『99 Luftballons』の新バージョンを発表しカンバックします。

2005年に発表した曲『Liebe ist』は人気ドラマの主題歌になったこともありドイツで22年ぶりのチャート1位を獲得しました。

 

ダイアーストレイツ  マネーフォーナッシング

この曲は様々な物議をかもしだした曰くつきのヒット曲で、良くも悪くもロック史を語る上で欠かすことのできない重要な曲です。

作曲者は、このバンドのボーカル&ギターのマーク・ノップラーとスティング。

アメリカとイギリスで2000万枚以上売れた(一家に一枚売れたとまで言われた)アルバム「ブラザーズ・イン・アーム」に収められています。

この曲が創作されたきっかけは、ノップラーが電気店に買い物に出向いたところ、MTVに出演しているミュージシャンを見て、ネガティブなコメントを付けていた店員の言葉にヒントをえて作詞をしたそうです。

MTVを皮肉った曲だけに当初ノップラーはMTV制作を拒否していましたが、ワーナーブラザースレコードの説得を受け入れ制作が開始されました。

監督は、スティーブバロンで当初としてはまだ珍しかったCGを使ってのビデオで、3Dの電気店員がMTVに映っているダイアン・ストレイツをみて皮肉っているかのように見えるものです。

そして、このビデオはMTV Video Music Awardで11部門にノミネートされ、最優秀ビデオ賞と最優秀グループ・ビデオ賞を獲得すると言うこれまた皮肉な結果がでています。

私は当初「マネーフォーナッシング」の意味は、「お金に執着を燃やすのはバカバカしい、お金なんてただの紙切れに過ぎないよ、意味ないよ」と言う意味で使われているのかと勘違いしていました。

しかし、よくよく歌詞を見てみると意味は逆で、「MTVに出ている奴らは、お金なんかいくらでも入ってくるんだ、女もタダでやれるんだぜ」という意味で「マネーフォーナッシング」と言っていたのですね、改めて英語の奥深さを感じました。

多くの方からの批判が出るのを承知でダイアーストレイツを一発屋カテゴリーに入れてしまいましたが、日本ではこの「マネーフォーナッシング」しか一般の人に知れていないと言うことで強引に突っ込んでしまいました。アッハッハッハー。

ティアーズ・フォーフィアーズ  Everybody Wants To Rule The World

「ティアーズ・フォー・フィアーズは一発屋じゃないだろう、「シャウト」もヒットしたじゃないか」とい意見もありますが、それは確かにそうです。

しかしこの「Everybody Wants To Rule The World」が売れたからこその「シャウト」であり、この曲が前もってヒットしていなかったら「シャウト」もあそこまでヒットしたかどうかはかなり疑わしいと思います。

当時は「爽やかなロック」と言うのは珍しく、ロックはドロドロ、グテグテしているのが当たり前見たいな風潮がありました。

「Everybody Wants To Rule The World」は、そんな従来のロックのイメージを塗り替えた名曲です。

 

ロマンティックス Talking in Your Sleep

正真正銘の一発屋ロマンティックス。

ビルボード3位まで上がったこの曲「Talking in Your Sleep」は、とてもいい曲だと思うのですが、このバンドの粗を探していくと出てくる出てくる。

まず、バンド名がダサすぎませんかロマンティックスって
コスチームも4人が同じ黒のジャンパーってどういうこと?
4人が同じ中途半端フワフワパーマってなに?
このビデオクリップ、クリーピーで薄気味悪い, 4人がストーカーにしか見えない
こんなビデオならただ演奏しているところを映したものが見たかった!
歌詞の「寝言を聞いて彼女の秘密を知ってしまった」って、やっぱりストーカーっぽい。

もともと、この曲はインストロメンタル曲だったそうですが、それではもったいないということで歌詞を付け加えたそうで、実際この曲の一番大きなヒット理由がこの「寝言を聞いて彼女の秘密を知ってしまった」という内容が受けたからなのです。

 

まとめです

1950年代ごろから出発したロックミュージック。

プレスリー、チャックベリー、ジミーヘンドリックス、ビートルズなどの天才アーティストたちが出現しそれまでの保守的だった音楽シーンに大きな変革をもたらしました。

80年代に入ると、それまで硬質だったロックにポップスの要素が多分に盛り込まれるようになり、反社会的な若者中心文化だったロックミュージックがごく一般大衆にも広がり浸透するようになりました。

主婦がポップ・ロックを聞きながら家事をするようになったのですね。

 

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